2026年5月から、月の最初の日曜日は、旧約聖書の「サムエル記」からメッセージを聞いています。
サムエルが生まれたのは、聖書に「主のことばがまれであった」と記されている時代でした。
これまでのメッセージを振り返ってみると――
🌱 5月:母ハンナの切なる祈りによって与えられたサムエルの誕生
👂 6月:少年サムエルが神の呼びかけに耳を傾け、語られたことばを祭司エリに忠実に伝える
📖 7月:サムエルが主の預言者として認められ、再び神のことばが人々に語られる時代が始まる
⚔️ 8月:イスラエルがペリシテ人に敗れ、契約の箱まで奪われる
そして今日は、『記念の石を置いて』というタイトルで、「サムエル記 第一」7章1〜17節からのメッセージでした。
この箇所には、イスラエルが神に立ち返り、サムエルの祈りを通してペリシテ人から救われる出来事が記されています。
「エリの時代」から「サムエルの時代」へ――。
サムエル記前半の大きな転換点ともいえる箇所です。
⚔️ 約3万4千人を失ったイスラエル
少し前の4章では、イスラエルはペリシテ人との二度の戦いで、合わせて約3万4千人もの兵士を失いました。
さらに祭司エリの二人の息子、ホフニとピネハスも戦死。そして、イスラエルにとって非常に大切な神の箱(契約の箱)までペリシテ人に奪われてしまいます。
その知らせを聞いた祭司エリも倒れて亡くなりました。
エリは40年間、イスラエルをさばいてきた指導者でした。一方、その息子ホフニとピネハスは、祭司という立場を悪用し、神を軽んじていた人物として描かれています。
イスラエルは多くの兵士を失っただけでなく、長年イスラエルを導いてきたエリも失いました。
軍事的にも、霊的にも、大きな危機を迎えたのです。
ここから「エリの時代」が終わり、「サムエルがイスラエルを導く時代」へと移っていきます。
📦 奪われた「契約の箱」
ペリシテ人はイスラエルとの戦いに勝ち、契約の箱を戦利品として持ち帰りました。
ところが、ここから不思議なことが次々と起こります。
契約の箱をアシュドデにあるダゴンの神殿に置いたところ、翌朝、ダゴンの像が契約の箱の前に倒れていました。
像を元に戻しますが、その翌朝には再び倒れ、今度は頭と両手まで切り離されていました。
さらに、人々にも「腫物」が生じるなど、大きな災いが起こります。
契約の箱を別の町へ移しても災いは続きました。
ペリシテ人にとって、イスラエルから奪った契約の箱は、とても「戦利品」と呼べるようなものではなくなってしまいました。
そこで、
「これはイスラエルの神によるものではないか。契約の箱をイスラエルに返そう」
ということになります。
そして奪われてから7か月後、契約の箱はイスラエルへ返されました。
イスラエルは契約の箱を持っていても戦争に敗れました。
一方のペリシテ人も、契約の箱を奪ったからといって幸せになったわけではありません。
ここから見えてくることがあります。
イスラエル人であっても、ペリシテ人であっても、神を自分たちの都合のよいように扱うことはできない。
契約の箱そのものに、不思議な力があるわけではなかったのです。
⏳ そして20年が過ぎた
契約の箱はイスラエルへ戻り、キルヤテ・エアリムに置かれました。
そして、長い年月が流れます。
20年。
その間に、イスラエルの人々の心にも変化が起こっていきました。
かつては「契約の箱さえあれば勝てる」と考えていた人々が、やがて主ご自身を慕い求めるようになったのです。
神の箱を頼る。
神の聖さを知り、恐れる。
自分たちの罪に気づく。
そして、主を慕い求め、主に立ち返る。
そこに至るまでに、20年という長い歳月が必要でした。
🙏 「心を主に向けなさい」
そこでサムエルは、イスラエルの人々に語ります。
「心を主に向け、主にのみ仕えなさい」(Ⅰサムエル7:3)
以前のイスラエルは、ペリシテ人に敗れると、
「契約の箱を戦場に持ってくれば勝てる」
と考えました。
いわば、人間が考え出した「必勝策」です。
しかし、その結果は大敗でした。
自分たちの知恵や方法を、神よりも上に置いてしまったのです。
ところが今回、ペリシテ人が再び攻めてきたとき、イスラエルの人々は違いました。
もう、
「契約の箱を持ってこよう!」
とは言いません。
サムエルに、
「私たちの神、主に叫ぶのをやめないでください」(Ⅰサムエル7:8)
と願いました。
サムエルは主に祈ります。
そして今度は、主がイスラエルを助けてくださいました。
🪨 「ここまで主が助けてくださった」
勝利の後、サムエルは一つの石を置きました。
そして、その石を「エベン・エゼル」と名づけ、
「ここまで主が私たちを助けてくださった」
と言いました。
とても印象に残ることばです。
「私たちがうまくやった」
「良い戦略を立てた」
「私たちが強かった」
ではありません。
「主が私たちを助けてくださった」
でした。
しかも、「ここまで」ということばには、きっといろいろな出来事が含まれていたのでしょう。
ペリシテ人に大敗したこと。
多くの人々を失ったこと。
契約の箱を奪われたこと。
エリの時代が終わったこと。
そして、主を慕い求めるようになるまでの20年という長い歳月。
失敗も、悲しみも、迷った時間も含めて、
「ここまで主が助けてくださった」
なのだと思います。
エベン・エゼルは、単なる「戦勝記念碑」ではありません。
「自分たちの力ではなく、主に信頼して歩んでいく」ことを忘れないための、信仰の記念碑だったのです。
🌿 私たちも「記念の石」を置く
もちろん、私たちは毎週、実際に大きな石を置くわけではありません。
でも、私たちにも「記念の石」を置くことはできるのかもしれません。
日曜日に一週間を振り返って、
「今週、主はどのように私を支えてくださっただろう?」
月の終わりには、
「今月、苦しいこともあったけれど、どんな恵みがあっただろう?」
そして、
「自分の力だけではなく、助けられたと思えることは何だっただろう?」
と振り返ってみる。
それを祈りにする。
日記に一行書いておく。
そして私の場合は、こうして日曜日に聞いたメッセージをブログに残しておく。
それも、現代の私たちにとっての小さな「エベン・エゼル」なのかもしれません。🪨
これから先に何が起こるのかは、誰にも分かりません。
でも、時々立ち止まって振り返ってみると、
「ここまで主が助けてくださった」
と思えることが、きっとあります。
毎週、毎月、そして一年一年。
そんな小さな「信仰の石」を置きながら、これからも歩んでいけたらと思います。🙏
