今日の日曜日の礼拝では、旧約聖書の創世記25章19〜34節から、『ヤコブとエサウ』というタイトルのメッセージを聞きました。
先週は、信仰の父と呼ばれるアブラハムが、息子イサクの結婚相手を探す物語を学びました。
そして今回は、そのイサクに双子の兄弟、エサウとヤコブが生まれるお話です。
この二人の兄弟の物語は、単なる兄弟げんかではありません。神様がアブラハムに約束された祝福が、どのように次の世代へと受け継がれていくのかを考える、とても大切な場面です。
👶 20年間の祈りの末に与えられた双子
アブラハムの息子イサクは、40歳のときにリベカと結婚しました。
しかし、なかなか子どもが与えられません。
イサクは妻リベカのために神様に祈り続けました。そして20年後、イサクが60歳になったとき、ようやく双子が与えられたのです。
ところが、喜びの一方で、リベカには不安がありました。
お腹の中で双子が激しくぶつかり合っていたのです。
心配になったリベカが神様に尋ねると、神様は次のように告げられました。
「二つの国があなたの胎内にあり、二つの国民(くにたみ)があなたから分かれ出る。一つの国民は、もう一つの国民より強く、兄が弟に仕える。」
創世記25章23節
当時は、長男が家の財産や特別な権利を受け継ぐのが一般的でした。
しかし神様は、その常識とは逆に、兄が弟に仕えることになると、生まれる前から告げられていたのです。
やがて双子が誕生しました。
先に生まれたのが兄のエサウ。そして、兄のかかとをつかむようにして生まれてきたのが弟のヤコブでした。
生まれた瞬間から、何やら波乱を予感させる兄弟ですね。
🏕️ まったく性格の違う二人の兄弟
双子として生まれたエサウとヤコブですが、成長すると、まったく異なる性格になりました。
兄のエサウは、野を駆け回り、狩りをするのが得意な活動的な人でした。
一方、弟のヤコブは穏やかな性格で、天幕で過ごすことを好む人でした。
そして、父イサクはエサウを、母リベカはヤコブを特に愛するようになりました。
同じ家族でありながら、父と母がそれぞれ別の息子をひいきするようになってしまったのです。
このことが、後に家族の大きな問題につながっていきます。
🍲 一杯の煮物と引き換えにした「長子の権利」
ある日のことです。
狩りから帰ってきたエサウは、ひどく疲れ、お腹を空かせていました。
ちょうど弟ヤコブが煮物を作っていたので、エサウは食べさせてほしいと頼みます。
すると、ヤコブは思いがけない交換条件を出しました。
「まず、あなたの長子の権利を私に売ってください。」
長子の権利とは、長男が家の財産を特別な形で相続できる権利のことです。
しかも、この兄弟にとっては、それだけではありません。
祖父アブラハムが神様からいただいた特別な約束と祝福を受け継ぐことにも関わる、かけがえのないものでした。
ところが、エサウは目の前の空腹を満たすことを優先してしまいます。
今にも死にそうなのだから、長子の権利など何の役に立つのか、と考えたのです。
そして、たった一杯の煮物と引き換えに、長子の権利をヤコブに売ってしまいました。
食べてしまえばなくなってしまう煮物と、将来にわたって大切にすべき権利。
エサウは、一時的な欲求を満たすために、本当に大切なものを手放してしまったのです。
😢 父を欺いて祝福を受けたヤコブ
今回のメッセージは、創世記25章だけでなく、27章へと続きました。
それから長い年月が過ぎ、父イサクは年老いて、目もよく見えなくなっていました。
イサクは自分の死が近いと考え、長男エサウを呼び寄せます。
そして、狩りに出かけて獲物を捕り、自分の好きな料理を作って持ってくるように頼みました。その料理を食べてから、エサウを祝福しようと考えたのです。
ところが、この会話を母リベカが聞いていました。
リベカは弟ヤコブを呼び、兄エサウになりすまして父のところへ行き、祝福を受けるように指示します。
ヤコブは、兄が毛深いのに対して自分の肌は滑らかなので、父に気づかれるのではないかと心配しました。
しかし、リベカは子やぎの毛皮をヤコブの手や首につけ、エサウの衣服を着せるなどして、父を欺く準備を整えました。
こうしてヤコブは、兄エサウになりすまして父イサクのもとへ行き、祝福を受けてしまったのです。
その後、狩りから戻ったエサウは、弟に祝福を奪われたことを知ります。
エサウは泣き叫び、父に自分も祝福してほしいと何度も訴えました。
しかし、すでにヤコブに与えられた祝福を取り消すことはできませんでした。
怒りに燃えたエサウは、父が亡くなったらヤコブを殺そうと考えるようになります。
そのことを知ったリベカは、ヤコブを自分の兄ラバンのもとへ逃がしました。
こうしてヤコブは故郷を離れることになり、長い年月、家族と離れて暮らすことになったのです。
🌱 家族4人が、それぞれ自分の思いを優先した
今回のメッセージで特に印象に残ったのは、ヤコブとエサウだけでなく、父イサクも母リベカも、それぞれ自分の思いを優先して行動していたということでした。
父イサクは、神様が示された計画よりも、自分が好むエサウを祝福しようとしました。
母リベカは、ヤコブに祝福を受けさせようとして、夫を欺く計画を立てました。その結果、愛する息子ヤコブと長く離れることになりました。
兄エサウは、目の前の空腹を満たすことを優先し、大切な長子の権利を軽んじてしまいました。
弟ヤコブは、神様の祝福を自分の力で手に入れようとして、兄の弱みにつけ込み、さらに父を欺いてしまいました。その結果、兄の怒りを買い、故郷を離れることになったのです。
家族4人は、それぞれ違った方法で自分の願いを実現しようとしました。
しかし、その結果はどうだったでしょうか。
誰もが悲しみや痛みを経験することになりました。
神様は、双子が生まれる前から「兄が弟に仕える」と告げられていました。
そして、神様のご計画は、人間の弱さや不完全さがあっても進められていきます。
けれども、神様のご計画が実現するからといって、自分勝手な方法で物事を進めてよいわけではありません。
ここが、今回のメッセージで大切なポイントだったと思います。
🙏 まず神の国と神の義を求めなさい
私たちも日々の生活の中で、自分の願いや都合を優先してしまうことがあります。
目の前の問題を何とか解決しようと焦ったり、将来が不安になったり、自分の経験や判断だけで行動してしまうこともあります。
しかし、そんなときこそ、神様に祈り、神様の御心を求めることが大切なのですね。
今回のメッセージの最後には、次の聖書の言葉が紹介されました。
「まず神の国と神の義を求めなさい。」
マタイの福音書6章33節
実は、これは今年の私たちの教会の年間聖句でもあります。
新しい年を迎えた元旦礼拝で、神様の方を向いて歩むことの大切さを学んだことを思い出しました。
あれから10か月近くが経ちました。
年の初めには、神様を第一にして歩もうと思っていても、日々の忙しさの中で、いつの間にか自分の都合や考えを優先してしまっていることもあるかもしれません。
今回のヤコブとエサウの物語は、そんな自分自身の歩みを振り返る機会にもなりました。
「愚かにならないで、主のみこころが何であるかを悟りなさい。」
エペソ人への手紙5章17節
自分の思いを実現することばかり考えるのではなく、まず神様の御心を求めること。
そして、すぐに答えが見つからなくても、神様を信頼して歩み続けること。
新年の元旦礼拝で学んだことを、今日の礼拝でもう一度思い起こすことができました。
🌿 神様の方を向いて歩く。
今年の年間聖句を、残りの日々の中でも大切にしていきたいと思います。
