日曜日は教会へ:ペンテコステとは? バベルの塔との関係から考える聖霊降臨祭

2026年4月から5月1週目の教会の生花 教会
教会に生けられている花が、4月から5月の花に変わりました。
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ペンテコステ礼拝 ― 聖霊降臨と教会の誕生

ペンテコステ(ギリシャ語で「50番目」の意味)は、エルサレムに集まって祈っていた弟子たちの上に神の聖霊が降った出来事を記念する、キリスト教の祝祭日です。ヨーロッパの国々では祝日となっているところもあります。

ペンテコステ(聖霊降臨祭)は、クリスマス(降誕祭)、イースター(復活祭)と並ぶキリスト教の三大祭りの一つです。「ペンテコステ」とは「50番目」という意味で、イースターから数えて50日目に祝われます。

昨年のペンテコステは6月に入ってからだったので、ちょうど紫陽花が咲き始める季節でした。今年は5月24日。紫陽花を思い浮かべる前に、この日を迎えることになりました。

今年も、ペンテコステ礼拝に参加しました。

今年の礼拝メッセージの題は「賜物としての聖霊」。聖書箇所は『創世記』11章1〜9節と『使徒の働き』2章1〜13節でした。

ペンテコステは、イエス・キリストの弟子たちがエルサレムに集まって祈っていたとき、神の聖霊が降った出来事を記念する日です。この出来事は、しばしば「教会の誕生日」とも呼ばれます。

牧師のお話によると、ペンテコステを子どもたちに説明するのは意外と難しいそうです。大人でも、「知っているつもりだったけれど、改めて聖書を読むと新しい発見がある」ということが少なくありません。私自身もその一人でした。

今回のメッセージでは、『創世記』11章の「バベルの塔」と『使徒の働き』2章の「ペンテコステ」が対比的に語られました。

バベルの塔では、人々は皆同じ言葉を話していました。しかし、人々は自分たちの力で天に届く塔を建て、自らの名を高めようとしました。その高慢さに対し、神は人々の言葉を混乱させ、互いに理解できないようにされました。その結果、人々は世界中へ散らされていきます。

一方、ペンテコステでは全く逆のことが起こりました。

弟子たちは聖霊に満たされ、それぞれがさまざまな国の言葉で神の御業を語り始めました。エルサレムには各地から人々が集まっていましたが、彼らはそれぞれ自分の母国語でその言葉を聞き、不思議な出来事が神の働きによるものであることを理解しました。

バベルの塔が「言葉の混乱による分断」だとすれば、ペンテコステは「言葉の違いを超えた理解と一致」の出来事だったと言えるでしょう。

興味深かったのは、その場にいた人々の出身地の広さです。聖書には、西はギリシャ方面から東はインド近くに至る地域の人々が集まっていたことが記されています。その距離はおよそ3,000キロにも及びます。

もし聖霊が降るというこの出来事がなければ、福音は世界へ広がらず、教会も誕生しなかったかもしれません。そして、私たちが今日イエス・キリストの救いを知ることもなかったでしょう。

ペンテコステは、単なる歴史上の出来事を記念する日ではなく、神が人々を結び合わせ、福音を世界へ広げてくださったことを覚える日でもあります。

今年のペンテコステ礼拝では、教会の誕生を祝いながら、その大きな恵みに改めて感謝するひとときとなりました。

2026年4月から5月1週目の教会の生花
教会に生けられている花が、4月から5月の花に変わりました。
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