あれから20年。iPS細胞と、この一冊の本
もうすぐ2026年8月、マウスiPS細胞が発表されてから20年という節目を迎えます。
当時の新聞は、「体細胞から万能細胞」「皮膚細胞から万能細胞」「ES細胞に代わる可能性」「再生医療へ新しい道」といった見出しで、この成果を科学面で比較的大きく取り上げました。しかし、一面トップを飾るニュースではありませんでした。
ところが、そのわずか1年後の2007年11月。
日本中の新聞が一斉に「ヒトの皮膚から万能細胞」という見出しを掲げました。
あの瞬間から、iPS細胞は一気に社会へ広がり、多くの難病患者や研究者の希望となりました。
2010年には京都大学iPS細胞研究所(CiRA)が開所し、iPS細胞は「未来の医療」の象徴となっていきます。
今では、「iPS細胞」という名前を知らない人はいないと言ってもよいでしょう。
永遠の5歳・チコちゃんがNHKで「どうして iPS の i は小文字なの?」と問いかけていました。
幹細胞研究者なら誰もが知っている話ですが、実はこの「i」には山中先生の思いが込められています。
Appleの iPod の “i” にヒントを得て、「世界中に広がる技術になってほしい」という願いを込めたこと。そして “induced”(誘導された)の頭文字であると同時に、”individual”(一人ひとり)という意味も重ねられています。
この “individual” の話まで知っている人は、意外と少ないかもしれません。
私自身、ちょうどその頃、この分野に携わっていました。
そんなことを思い出しながら、10年以上前に読んだ一冊を久しぶりに手に取りました。
黒木登志夫先生の『iPS細胞』です。
iPS細胞に関する本は何十冊も出版されています。しかし、この本は、まだiPS細胞が世の中に広く知られる前から、その後約10年間に起きた出来事を、研究者の視点で丁寧に描いています。
しかも、この本の序文を書かれているのは山中伸弥先生です。
山中先生は、研究への情熱を失いかけていた若い頃、『がん遺伝子の発見』という黒木先生の著書に励まされたと書かれています。
私はまだ『がん遺伝子の発見』は読んでいませんが、この『iPS細胞』は、黒木先生が書かれている通り、まるで良質なドラマを見ているような実話です。
若い研究者は、海外へ留学したくてもコネがありません。ようやく海外で成果を上げて帰国しても、ポストがあるとは限りません。
山中先生も、まさにその現実に直面しました。
しかし、その後の歩みは、泥の中で眠っていたハスの種が、水中で芽を出し、茎を伸ばし、水面へ葉を広げ、一気に美しい花を咲かせるようなものでした。
あれから20年。
この本を読み返しながら、私自身も、この20年間のiPS細胞の歩みを振り返ってみたいと思います。
黒木登志夫(2015)iPS細胞(中央新書)


