日曜日は教会へ:「刈り込み、育てる天の父」― 神様は私たちを実りある人生へ導いてくださる

2026年5月から6月1週目の教会の生花 教会
教会に生けられている花が、5月から6月の花に変わりました。
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今日の礼拝は、いつもとは少し違った雰囲気でした😊

普段はバイブルキャンプ🏕️で奉仕をされている廣田先生が、メッセージを取り次いでくださいました。

聖書箇所は ヨハネの福音書15章1〜13節
テーマは 「刈り込み、育てる天の父」

🍇 「まことのぶどうの木」のたとえ

ヨハネの福音書は、イエスの奇跡やたとえ話よりも、弟子たちとの深い対話や祈りが多く記されています。

この箇所でイエスは、

  • イエスは「まことのぶどうの木」
  • 父なる神は「農夫」
  • 私たちは「枝」

と語られます。

枝は木につながっていなければ実を結ぶことができません。

同じように、私たちもイエス様につながっていてこそ、愛や喜び、平和、忍耐、人への奉仕、福音の実りなど、神様が望まれる「実」を結ぶことができます。

そして実を結ぶ枝は、そのままではなく、さらに豊かな実を結ぶために剪定(刈り込み)されるのです。

「わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないのです。」
(ヨハネ15:5)

✂️ 刈り込みには痛みもある

廣田先生は、実際のぶどう農園で学んだ経験について話されました。

ぶどう作りは、水を与えるだけではありません。

実をおいしく育てるために、多くの枝を思い切って切り落とすそうです。りんごの木も同じで、将来その木がどのように育っていくかを見据えながら剪定が行われます。

切り落とされた枝は薪になります。

農夫は、その年だけではなく、その木の一生を考えて枝を切ります。

神も同じように、私たちの人生全体を見据えながら整えてくださるのだと教えられました。

🙏 「どうして?」と思う出来事も…

信仰生活を始めても、喜びばかりではありません。

「どうしてこんなことが起こるのだろう。」
「神様、なぜですか。」

そう叫びたくなるような出来事もあります。

刈り込みには痛みがあります。

私たちは目の前の出来事しか見えませんが、神様はもっと先の実りを見ておられます。

何年祈っても願いがかなわないこともあります。

それでも、農夫である父なる神様は、私たちが思っている以上に大きなご計画を持ち、時間をかけて整えてくださるのだと語られました。

🌸 切られた枝にも花が咲く

とても印象に残ったお話がありました。

薪にするため切られた枝から、花が咲いたことがあったそうです。

一見すると終わったように見える出来事にも、神様は新しい命を与えてくださることがあります。

信仰にも浮き沈みがあります。

まだ何も実を結んでいないと思っていても、神様は私たちの想像を超えた形で働いてくださるのだと励まされました🌸

🏕️ キャンプ場で学ばれたこと

廣田先生が奉仕されているバイブルキャンプでは、教派を超えて協力する難しさもあるそうです。

決して良いことばかりではなく、その中で悩み、整えられ、神様に支えられて歩んでこられた体験を分かち合ってくださいました。

その経験一つ一つが、神様によって与えられた大切な財産になっていることが伝わってきました。

❤️ 神様につながり続ける

私たちは、自分を守ろうとしてしまう弱さがあります。

切るべき枝を握り続けてしまうこともあります。

しかし、神様に委ね続けるなら、神様は時間をかけて私たちを整え、実りある人生へと導いてくださいます。

互いに愛し合い、一人ひとりを用いてくださる神様につながり続けながら、恐れず歩んでいきたいと思わされる礼拝でした😊🍇

2026年5月から6月1週目の教会の生花
教会に生けられている花が、5月から6月の花に変わりました。
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