日曜日は教会へ:「カインとアベル」──怒りの先にあるもの

2026年5月から6月1週目の教会の生花 作り方
教会に生けられている花が、5月から6月の花に変わりました。
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創世記第1章は天地創造、第2章は人(アダムとエバ)の創造、そして第3章は人類に罪が入り、同時に神様の救いの約束が始まったことを記しています。

そして創世記第4章では、家族の始まりが描かれます。しかし、その最初の家族の物語は、とても悲しい出来事から始まります。

家族の中で起きた最初の悲劇

アダムとエバには二人の息子が生まれました。

兄はカイン、弟はアベルです。

カインは農夫として大地を耕し、アベルは羊飼いとして羊を育てていました。

二人は日々の働きの中で、神様が守り、豊かな実りを与えてくださっていることに感謝し、それぞれ神様にささげ物を持ってきました。

カインは大地の実りを、アベルは羊の初子の中から最も良いものをささげました。

しかし聖書は、

「主はアベルとそのささげ物には目を留められた。しかしカインとそのささげ物には目を留められなかった。」

と記しています。

その結果、カインは激しく怒り、顔を伏せました。

神様は人をえこひいきされたのか

ここで疑問に思う人もいるでしょう。

「神様はアベルだけをえこひいきしたのだろうか。」

しかし、神様は決して人を差別されるお方ではありません。神様は一人ひとりを等しく愛しておられます。

その理由は聖書には詳しく書かれていませんが、神様は単に「ささげ物」だけをご覧になったのではなく、その人の心や信仰、礼拝する姿勢をご覧になっていたことが分かります。

神様はカインにこう語られました。

「なぜ、あなたは怒っているのか。なぜ、顔を伏せているのか。もしあなたが良いことをしているのなら、受け入れられる。しかし、もし良いことをしていないのであれば、罪が戸口で待ち伏せている。罪はあなたを恋い慕うが、あなたはそれを治めなければならない。」

神様はカインを突き放したのではありません。

怒りに支配される前に立ち止まり、自分自身を見つめ直し、悔い改めるようにと優しく語りかけられたのです。

怒りが心を支配すると…

しかしカインは、自分の心を振り返ることをしませんでした。

「自分が受け入れられなかったのは弟のせいだ。」

その思いが心いっぱいに広がり、ついには弟アベルを野へ誘い出し、殺してしまいます。

アダムとエバの罪によって、人は必ず死ぬ存在となりました。

そして聖書に記される最初の死は、病気でも事故でもなく、兄弟による殺人という、とても悲しい出来事だったのです。

神様は裁きの中にも憐れみを示される

神様は罪を決して見過ごされません。

しかし同時に、何度でも悔い改める機会を与えてくださるお方です。

裁きを受けたカインは、

「私の咎は大きすぎて負いきれません。私は地上をさまよう者となります。私を見つけた者は誰でも私を殺すでしょう。」

と嘆きます。

すると神様は、

「だれであれ、カインを殺す者は七倍の復讐を受ける。」

と言われ、カインを守るしるしを与えられました。

裁きの中にも、なお神様の憐れみが示されていることが分かります。

私たちへのメッセージ

私たちもまた、自分の基準で「自分は正しい」と考えたり、人と比べて嫉妬したり、怒りを覚えたりすることがあります。

怒りに支配されると、冷静な判断ができなくなり、後戻りできない罪へと進んでしまうことがあります。

だからこそ神様は、「罪を治めなさい」と私たちにも語りかけておられるのです。

もちろん、自分の力だけで怒りや罪に勝つことは簡単ではありません。

しかし私たちには希望があります。

イエス・キリストが私たちの罪のために十字架で死んでくださったことによって、神様は私たちへの愛を明らかにしてくださいました。

私たちは失敗しても、神様の前に素直に罪を認め、赦しを求めることができます。そして神様は、悔い改める者を受け入れ、再び歩み出す力を与えてくださいます。

おわりに

怒りのままに行動すると、取り返しのつかない結果を招くことがあります。

だからこそ、私たちはいつも神様に祈り、神様とともに歩むことが大切です。

罪や怒りで心がいっぱいになってしまう時こそ、一人で抱え込まず、すべてを神様に委ねましょう。

神様は私たちを見捨てることなく、いつでも悔い改める者を迎え入れてくださいます。

今日も神様から離れることなく、ともに歩んでいきたいと思います。

2026年5月から6月1週目の教会の生花
教会に生けられている花が、5月から6月の花に変わりました。
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