🌸 2026年3月、最初の日曜の朝に思うこと
2026年3月、最初の日曜日。
ぽかぽかとした春の陽気に包まれた朝でした。
このブログを立ち上げて、まだ1年は経っていません。
だから昨年2月との正確な比較はできませんが、記憶をたどると、今年の2月は寒暖差がとても激しかった印象があります。
日曜の朝に目覚めると銀世界だった日もあれば、
まるで春本番のような暖かさの日もありました。
🌸 気象学的な春は、3月・4月・5月。
いよいよ春の始まりです。
🌸 桜の季節が近づいて
桜の開花が気になる時期になりました。
このブログで開花予想を書くのは初めてです。
今年は昨年よりも早く咲く見込み。
特に東日本・北日本で顕著だそうです。
あまりの陽気に、朝から出かける人も多いのでは……と思いましたが、
「春眠暁を覚えず」なのか、受験結果を待つ端境期だからなのか、
自宅から教会へ向かう国道16号は驚くほど空いていました。
新生活が始まるのはもう少し先。
今は花粉症の季節でもあります。
朝の散歩で、車のボンネットやルーフに花粉が積もっているような気がして、出かける前に水洗車。
洗車した花粉のない車に乗ると、不思議と(車内には花粉が無いから当然かも知れませんが)鼻も落ち着きます。
📖 今日のメッセージ:主イエスの再臨
今日の聖書箇所は
マルコによる福音書 13章14〜27節。
いわゆる「終末」の言葉です。
⏳ 400年の空白の時代
一般に、旧約聖書と新約聖書の間には「約400年の空白の時代」があると言われます。
預言者が現れなかったと考えられ、
「神の啓示が沈黙していた時代」と理解されてきました。
しかしその間、黙示文学というジャンルが発展しました。
夢や幻、御使い(天使)を通して、終末が語られる。
政治的圧迫の中で救いが見えないとき、
神は最終的に歴史を終わらせ、悪を裁き、義人を復活させる。
という希望が強調されるようになったようです。
🌍 世界情勢と終末意識
ロシアとウクライナの争いが続く中、
アメリカとイスラエルによるイランへの攻撃。
まるで終末の時代に生きているかのような感覚を覚えます。
イエスは、エルサレムの陥落と神殿破壊を語りながら、
やがて来る神の救済を指し示しました。
そこには、
- 地震
- 飢饉
- 戦争
- 天体の異変
が語られます。
しかし同時にこうも言われます。
「その日、その時は誰も知らない」
だからこそ、
惑わされず、目を覚ましているように、と。
🏃♂️ 「逃げなさい」という言葉
印象的なのは、イエスが「逃げなさい」と語ったこと。
信仰は、無謀に耐えることではありません。
苦しみを積み上げれば救われるわけでもありません。
🌌 黙示的表現の意味
太陽が暗くなる。
星が落ちる。
天が揺り動かされる。
これらは単なる自然災害の予告ではなく、
神が歴史を最終的に裁き、正す
ことの象徴的表現です。
森羅万象に及ぶ神の介入の中で、
イエスの再臨が語られます。
✨ 今日、心に残ったこと
✔ 終末には逃げるべき時もある
✔ 森羅万象に及ぶ神の介入が語られる
✔ 苦しみ自体が救いを生むわけではない
そして何より、
神の救いは最終的に成就するという希望。
🕊 揺さぶられる魂
神学的関心。
そして今の世界情勢への実存的な問い。
その両方に、私は揺さぶられているのだと気づきました。
春の陽気の中で、
空いている国道を走りながら、
世界は不安定でも、
歴史の最終責任は神にある――
その希望を、もう一度静かに思い巡らした日曜の朝でした。

