著者略歴を見た瞬間、思わず「これは読まなくては」と読み始めてしまいました。
青山高校
→ 東レ 事務職
→ ホンダ販売店 営業
→ BMW新宿 支店長
→ VWジャパン 代表取締役社長
→ BMW東京 代表取締役社長
→ ダイエー 代表取締役会長兼CEO
→ 日産 代表取締役社長
→ 横浜市長
このキャリアの並びだけでも、もう物語です。しかも本はとても読みやすく、ぐいぐい引き込まれます。
新書マップ4Dに載っている目次を見て、まず目に留まったのが
「第1章 人を好きになれる方法『たったひと声が心を温める』」
本の中では、こんな“ひと声”の大切さが紹介されています。
- 「今日も一緒に頑張りましょう!」
- 「雨なので足元に気をつけてくださいね」
- 「今後もご指導よろしくお願いします」
- 「いつも本当にありがとうございます」
- 「あなたに対応してもらえて、いい買い物ができました」
役所でも
「いらっしゃいませ」「気をつけてお帰りください」
さらに、初めて会う人でも、
一生懸命働いている人には声をかけて、具体的に褒める。
挨拶の大切さは、もう議論するまでもありませんよね。
一生懸命な人は確かに声をかけられやすい。でも、そうでない人にも声をかける、という視点が印象に残りました。
以前、教会で聞いた話を思い出しました。
日向ぼっこをしている(かもしれない)おばあちゃんがいたら、
「こんにちは。ここで何をしていますか?」
「ひなたぼっこですか、いってらっしゃい」
物をもらえなくても、元気はもらえますよね。
声をかけるだけで、人はこんなにも温かくなれるんだなと思います。
林さんは昭和20年代、世田谷で育ちました。
歌舞伎座の独特の匂いが好きな、ちょっとおませな子どもだったそうです。
父親が家を出て母子家庭となり、経済的にも精神的にも不安定な環境で育った経験が、「自立」「責任感」「現実を見る力」を育てたのだと感じます。
当時の世田谷は、行政的には「世田谷区」でも、暮らしぶりはまだ“世田谷村”に近い。
寂しさを癒してくれたのはお芝居でした。
一人で劇場に行き、一人で寿司屋に入り、日本舞踊にも通い、楽屋にまで押しかける。
「大人になったら演劇評論家になるかも」と思っていたほど、好奇心の塊だったそうです。
出会った人たちは宝物のような存在。
みんなが彼女に親切で、貧しくても心の通った、温かな子ども時代だったのだと伝わってきます。
就職後は「お給料をもらいながら、社会人として必要なことを教えてもらえた」と振り返られています。
この感覚、すごく分かります。
人が好きで、車の販売ではホンダでもBMWでもトップの売り上げ。
マネジメントに移ってからは、
「Customer Satisfaction の前に
Employee Satisfaction」
まず働く人が「ここで働くのが楽しい」と思える職場づくりを大切にされたそうです。
私はどちらかというと「EmployeeもCustomerである(自分以外はみんなお客様)」という考え方でしたが、
「まず職場を満足できる場所にする」という優先順位はとても新鮮でした。
林さんは振り返ります。
「相手に喜ばれることは何か?を考えることが大切だった」
それを続けているうちに、職場全体が自然と親切になっていった。
人に喜ばれることで、仕事はこんなにも変わる。
まさに“良い循環”の始まりです。
ダイエーのCEOとなってからは、全国の店舗を飛び回り、
井戸端会議がそのまま“林マジック”に変わっていく様子が描かれています。
本の中には横浜市長時代の詳しい話は出てきませんが、
実際には、
- 待機児童ゼロへの取り組み
- 市役所の桜木町移転
- サッカーとラグビーW杯決勝戦の誘致
など、横浜を大きく動かしてこられました。
一方で、カジノを含む統合型リゾートを支持した選挙戦で敗れ、3期で市長を退かれることになります。
キャリアも人生も、決して一直線ではありません。
でも、どこにいても一貫しているのは、
「人を大切にすること」
「たったひと声を惜しまないこと」
この本は、そんな当たり前で、でも忘れがちなことを、静かに思い出させてくれる一冊だと感じました。
この本を読み終えてから、ふと現市長のニュースや定例会見を思い出しました。
ハラスメント問題、そして過去に教師から虐待を受けた生徒さんたちへの対応の様子を見ていると、どうしても林さんが大切にしてきた「職場の満足度」や「人を大事にする姿勢」との落差を感じてしまいます。
正直に言えば、
「天から地に落ちた」と表現しても大げさではないほどの違いです。
トップが変わるだけで、こんなにも空気が変わってしまうものなのか。
組織の雰囲気、働く人の気持ち、安心感や信頼感は、トップの姿勢ひとつで簡単に左右されてしまうのだと、改めて思い知らされます。
これは市役所だけの話ではありません。
会社でも、学校でも、教会でも、どこでも同じだと思います。
どれほど良い文化や土壌が育っていても、トップが変われば、それが一気に壊れてしまう危険性は常にあります。
だからこそ、「誰がトップに立つのか」は、とても重い意味を持ちます。
そしてトップには、成果や実績以上に、
- 人の声に耳を傾けられるか
- 弱い立場の人に寄り添えるか
- 組織の空気を温かいものにできるか
そんな姿勢が求められるのだと、この本と現実を見比べて強く感じました。
林さんが積み上げてきた「人を大切にする職場づくり」が、いかに尊いものだったのか。
それは過去の美談ではなく、今こそ思い出すべき“組織の原点”なのかもしれません。
林文子(2013)しなやかな仕事術(PHP研究所)

