「阪大医学生ふらふら青春記」という副題に惹かれて、軽い気持ちで読み始めました。
でも、気づけばかなり深いところまで連れて行かれる一冊でした。
浪人時代から始まり、医学部での青春、そして研修医(外科・麻酔科)としての現場。
医学生や医師、病院の「リアル」が、遠慮なく、かなり大胆に書かれています。これはもう、貴重なノンフィクションです。
とくに印象的だったのがこの一文。
一般病院と大学病院の違いは、死ぬ患者がいるかいないか。
強烈ですよね。
大学病院の心臓外科で、教授執刀の患者が出血し、午前2時に緊急再手術になったとき、医局員のほぼ全員が手術室に集まった話。
「その場にいない医師は評価を下げられるから」という、白い巨塔そのものの世界。
さらには、手術中の雑談、患者を見捨てるようにも聞こえる発言……。
ドラマの話かと思いきや、当時の実話として描かれているから重みがあります。
医師も人間だと分かっていても、現実を突きつけられると、
「病院や医師によっては、患者側がアンラッキーになることもあり得る」
と思わざるを得ません。
そして、意外だったのが旅と読書の話がとても多いこと。
久坂部先生は放浪に憧れ、大学時代から一人旅に出ています。
森鴎外『雁』の舞台を訪ねる東京の旅から始まり、
- 恐山(青森)
- 鳥取砂丘
- 道後温泉
- 阿蘇
- 神島(三重)
- 北海道、東北一周
など、日本中を巡っています。小説の舞台を歩く旅、いいですよね。
自分もまだ行ったことのない場所がたくさんあります。
青森(弘前城跡)、鳥取砂丘、松山城跡、鶴丸城跡、札幌以外の北海道……。
こうして並べると、旅したい場所リストがどんどん増えていきます。
さらに海外へ。
ヨーロッパ・プチ放浪。
「Helloはそれほど感動的じゃないのに、
Goodbyeはどうしてこんなに心を揺らすんだろう」
この感覚、ものすごく分かります。
私自身も、スペイン、フランス、ドイツ、デンマーク、スウェーデンを短期滞在しましたが、
観光はできても、現地の人と深く関わることはほとんどできなかった。
今思うと少し残念です。
そして読書の話も素晴らしい。
- 森鴎外
- 恋愛小説
- 芥川賞作品
- 『月と六ペンス』(再読せねば😅)
さらに、久坂部先生の処女作『廃用身』、
ドラマ化された『無痛』『破裂』……。
読みたいもの、観たいものが一気に増えます。
話を戻すと、
Ⅳ章「医学部の文系男子」、中之島の『ブラック・ジャック』は圧巻でした。
私が小学生のころに読んでいた『ブラック・ジャック』。
久坂部先生は阪大医学生として同じ作品を読んでいた世代です。
- 手塚治虫が学生時代に見た標本がマンガになったことへの感慨
- 手塚治虫の講演を聴いた体験
- 挫折しない好奇心と、挫折の必要性
- ブラック・ジャックのエピソードが『無痛』の一場面に繋がった話
ここは本当に読み応え抜群でした。
そして改めて思います。
この本は「医療エッセイ」でも「文学論」でもありません。
かなり純度の高いノンフィクションです。
書かれているのは、
- 医師として現場を生きてきた自分の歴史
- 理想と現実のギャップに何度も打ちのめされた体験
- それでも医療を続けてきた理由
そのものです。
さらに、
- 医療制度
- 責任の重さ
- 技術と倫理のズレ
- 医師の無力感
が生々しく描かれ、同時に、
「フィクションが人の人生を変えてしまう力」
についても語られています。
だからこの本は、
- 医療に興味がある人
- 手塚治虫が好きな人
- ノンフィクションが好きな人
どこから読んでも、しっかり刺さる一冊。
静かだけれど、ずしりと重い。
そして、読み終えたあと、自分の人生や旅や読書まで見直したくなる本でした。
久坂部羊(2013)ブラック・ジャックは遠かった(新潮文庫)

