元旦は教会へ:2026年の始まりに考えた、神の国と神の義

2026年、新年の教会に飾られた花 教会
新年を迎えた教会の花が、ひときわ美しく感じられました。
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元旦礼拝から考えた「神の国と神の義」

日本のプロテスタント系教会では、1月1日の午前中に「元旦礼拝」を行うところが少なくありません。
日本には初詣の文化がありますが、それに重ねるように、年の初めを神様と共に迎えるという意味合いがあります。

私が通っている教会でも、元旦礼拝が行われました。
普段の日曜礼拝は10時半からですが、元旦は11時スタート。少し遅めの出発です。

自宅から教会までは車で30分ほど。送迎があるため、余裕をもって1時間前に家を出ました。
元旦の国道16号は、普段の日曜朝よりもずっと空いていて、静かな雰囲気。新しい年の始まりを感じさせる道のりでした。

今年の年間聖句「神の国と神の義」

元旦礼拝では、その年の「年間聖句」が示されます。
今年の箇所は、マタイの福音書6章33節。

「まず神の国と神の義を求めなさい。
そうすれば、これらのものはすべて、それに加えて与えられます。」

この御言葉を中心に、牧師からメッセージが語られました。

いま私たちが生きている日本の現実

説教の中で、まず触れられたのは「今の日本の状況」でした。

コロナ禍をきっかけに、エネルギーや原材料価格が高騰。
2022年頃からの円安も重なり、物価はじわじわと上昇し続けています。

一時的な値上げではなく、
・原材料高
・輸入コスト増
・賃上げ → 物価上昇
という流れが続き、生活実感として「楽になった」と感じる人はほとんどいません。

さらに米国の関税政策の影響もあり、先行きは不透明です。

2026年には物価上昇が落ち着くという見方もありますが、
気候変動による農作物への影響など、不安材料は多く残っています。

年末の同窓会で経済の話になった際にも、

「給料が上がっているのは新入社員だけで、その後は厳しい」
「若手を取らないと会社が回らないが、全体の賃上げは難しい」

という声が聞かれました。

健康不安が当たり前の時代

健康面に目を向けると、日本はすでに超高齢社会です。

65歳以上が人口の約30%。
どこへ行っても、

「血圧がね…」
「腰が痛くて…」
「薬が増えてさ…」

そんな会話が自然に交わされます。

これは単なる愚痴ではなく、
「慢性疾患と共に生きる社会」に入ったということなのでしょう。

これからは、病気になってから治すのではなく、
「病気を予測し、避ける」ことが求められる時代。

健康リテラシーが、生き方そのものに直結する時代になっています。

それでも、いちばん大切なものは

お金、健康、将来の不安…。
私たちはつい、

・いくら貯められるか
・どうやって老後を守るか
・何を食べ、何を着るか

そんなことに心を奪われがちです。

けれど、イエスはこう語られました。

「まず神の国と神の義を求めなさい」

つまり、
いちばん最初に気にかけるべきなのは、神との関係だということです。

神の国を第一にするということ

神の国を求めるとは、
特別なことをすることではありません。

・愛を大切にする
・正直であろうとする
・人を赦そうとする
・へりくだって歩もうとする

そうした「神の価値観」を人生の中心に置くことです。

神の国を第一の義とする――
それは、すべてを自分で抱え込む生き方から、
神に委ねて生きる生き方へと向きを変えることでもあります。

神のほうを向いて歩く

人は、大切な存在があると、自然とその人に似てきます。
好きな人の言葉を真似たり、考え方に影響を受けたりします。

それと同じように、
神のほうを向いて歩いていれば、
少しずつその生き方も変えられていくのだと思います。

主のへりくだりに倣うこと。
それを忘れずに歩みたいと、改めて感じました。

おわりに

もし、どこかの教会で礼拝に出席する機会があれば、
その教会の「年間聖句」が意味するところが何なのか、
ぜひ牧師に聞いてみてください。

その一年をどう生きてほしいか、
どんな祈りが込められているのか――
きっと、より深く味わえるはずです。

新しい年も、
「まず神の国と神の義を」
そんな気持ちで歩んでいきたいと思います。

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