🎄教会で過ごした、あたたかなクリスマスのひととき
私が日曜日に通っている教会では、12月14日(日)の午後に、子どもたち向けのクリスマスパーティが開かれました。
みんなでイエス・キリストの誕生をお祝いし、美味しいケーキ🍰を囲んで、にぎやかであたたかな時間を過ごしたそうです。
2025年は円安の影響で、ケーキの材料費が高騰していることも話題になっていますが……やっぱりクリスマスにケーキは欠かせませんよね🎄
それだけで、少し特別な気持ちになります。
🎂 主役は「ケーキ」? それとも「人」?
子どものクリスマス会なら主役は子どもたち。
家族で過ごすなら、主役は家族。
でも不思議と、クリスマスでは「ケーキそのもの」が主役になっているような気もします。
それだけ、ケーキには“一緒に祝う時間”や“その場の空気”を形にする力があるのかもしれません。
たとえひとりで過ごしていたとしても、
クリスマスは「誰かと一緒にいないと成立しない日」ではありません。
そして教会に行けば、自然と“共に祝う人”に出会えます。
それが、クリスマスのいちばん美しいところだなと感じます。
✨「一歩踏み出せば、出会える日」
クリスマスは、
「誰かと一緒にいないと寂しい日」ではなく、
一歩踏み出せば、共に祝う人に出会える日。
そんなことを改めて感じました。
📖 今日の聖書箇所とメッセージ
この日のメッセージは
『救い主の誕生』(ルカの福音書 2章1〜20節)。
教会では、牧師先生のお話の前に、みんなで聖書の箇所を読みます。
この日は少し長めの箇所でしたが、「世界で最初のクリスマスの日」を思いながら読む時間は、とても特別なものでした。
待降節(アドベント)では、
・マリアへの告知
・ヨセフへの告知
と続いてきましたが、今回は羊飼いたちへの告知。
🐑 飼い葉桶に生まれた意味
「飼い葉桶」と聞くと、
あたたかくて、やさしい光に包まれたイメージを思い浮かべますよね。
でも実際は、地面をくり抜いて作られた、家畜の餌場。
決して清潔でも、快適でもない場所です。
イエスは、王としてではなく、
ふかふかのベッドではなく、
冷たい岩の上に生まれました。
誰からも称えられず、見下されるような姿で。
私たちはどうしても「高くありたい」「認められたい」と思ってしまいます。
けれど、アルファでありオメガである方が、自ら低くなられた。
それは、愛をもって人に近づくためだったのだと感じます。
❤️ 心の中に、居場所を
忙しい日常の中で、
気づくと心の隅に追いやってしまうもの。
でも、イエスのための“居場所”を、
ほんの少しでも心の中に残しておけたら。
そんなことを思いながら、祈る時間となりました。
🎄 クリスマスは、孤独を前提にしない
この日は「クリスマス礼拝」として、
久しぶりに顔を合わせる方も多く、いつもより賑やかでした。
ケーキも、食事も、プレゼントも大切。
でもそれ以上に大切なのは――
「ひとりぼっちだと思っていても、実はひとりじゃない」
そう思い出させてくれる場所が、教会なのかもしれません。
✨クリスマスは、孤独を前提にしない祝祭。
そんなことを、静かに教えてくれる一日でした。
素敵なクリスマスを過ごされましたか?
もし今年はそうでなかったとしても、来年はぜひ――🎄
きっと、あたたかな場所が待っています。

