9時半に自宅を出発。教会へ車で向かう途中、高齢の方をお乗せして、いつものように教会へ。穏やかな天気で会堂の空気の入れ換えのために窓が開けられました。牧師も含めて花粉症の人がいるので、窓を開ける時は少しだけにするなど、換気にも工夫がいりそうです。
メッセージのタイトルは「人を汚すもの」マルコの福音書7章7章14-23節から。ユダヤ人にとっての律法は十戒とモーセ五書にあたります。紀元前三世紀頃の話で、手を洗わないで食事をしないことなどが定められていました。神の戒めを蔑ろにするものは偽善者で、神のことばを無にしています。ユダヤの戒律には、人を汚すので食べてはならない動物の長いリストが記されています。近年の日本ではインバウンドの増加で食事の習慣をハラルに合わせる対応も増えてきました。
旧約聖書と新訳聖書の中間400年に、イスラエルはローマ帝国に至るまで様々な帝国の支配下に置かれました。伝統、ルール、言い伝えや慣習に従わない時に、保守派から否定され、疎外感を味わう事があります。神聖な契約を破るくらいなら死を選んだイスラエルの民。これこそがアイデンティティです。「外から入って汚すことのできるものは何もない」弟子たちは理解不能で「心から出てくるものが人を汚す」。ユダヤ律法と決別する重要な箇所です。市場で売っているものはどれでも食べよ。
食べ物に気を使うのではなく、人を汚す人の本質に気を使う。うわべではなく心を見る。人が持つ罪の性質、心の内側は奮闘や努力により克服するものではなく、霊的成長や精霊を与えてくださったイエスの助けによって、御霊の実に置き換えられていく導きがあることを教えられました。礼拝後、整備計画から半世紀を超えて新幹線が乗り入れた福井県へのGW旅行を計画中の青年と話をしました。2025年3月23日の主日礼拝にて。