日曜日は教会へ:大雪の冬に考えた、家族と健康と「生ける者の神」

2026年、新年の教会に飾られた花 教会
新年を迎えた教会の花が、ひときわ美しく感じられました。
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2026年が明けて、日本海側や東北・北海道では、例年になく大雪が続いています。

実家のある福井市も、1月末の週末には積雪45cm。
温暖化が進んでいる近年では、かなり多い積雪量です。

ニュースで大雪情報を見るたびに気になって、母とつながっている家族LINEをチェックしてみると、弟が雪かきのために実家に行ってくれていることが分かり、ひとまず安心しました。

「よかった、これで大丈夫かな…」

と、ほっとしたのも束の間。

今度は、母が車のドアに足を挟んでしまい、捻挫とひびで入院したとの連絡が。

運転がらみだったのかは詳しく分かりませんが、LINEでやり取りしながら、

「病院では無理せず、ゆっくり過ごしてね」

と伝えました。

💭 冬は、体にも心にも負担がかかる季節

教会に行くと、先週から突然の痛みに襲われ、「坐骨神経痛症」と診断されたという伝道師の先生にお会いしました。

冬はどうしても体がこわばりやすい季節です。

寒さで動く機会も減り、気づかないうちに体に負担がたまってしまう…。

やはり、

  • 冬になる前から
  • 冬になってからも

無理のない範囲で体を動かし、体力を維持していくことが大切なのだと、あらためて感じました。

健康は、失ってからその大切さに気づくものですね。

📖 今日のメッセージ:「生ける者の神」

今日の礼拝メッセージは、
『生ける者の神』(マルコの福音書12章18〜27節)からでした。

この場面では、イエスを陥れようとする宗教指導者たちが登場します。

まず、律法を厳格に守るパリサイ派の人たち。
彼らは中流階級で、民衆に律法を教える立場にありました。

そこに現れるのが、サドカイ派の人々です。

彼らは富裕層・特権階級で、いわばエリート層。
モーセ五書だけを重視し、現実重視の考え方を持っていました。

特徴的なのは、

  • 死後の裁きは信じない
  • 復活も信じない
  • 天使の存在も否定する

という立場だったことです。

❓ 意地悪な質問と、イエスの答え

サドカイ派の人たちは、イエスにこんな質問を投げかけます。

「兄弟が次々に亡くなり、そのたびに同じ女性が妻となった。
では、復活した後、その女性は誰の妻になるのか?」

律法を逆手に取った、かなり極端で意地悪な質問です。

復活を信じない彼らは、

「そんな話、結局おかしいでしょう?」

と言いたかったのでしょう。

しかし、イエスはここでこう答えます。

復活した命は、今の私たちとはまったく違う、新しい存在になる。
結婚も嫁ぐこともない。
そして、人は死んでも終わりではない。

「神は、死んだ者の神ではなく、生きている者の神なのだ」

と語られます。

🏺 エジプト王と「復活への願い」

この話を聞きながら、改めて思ったのが、古代エジプトの王たちのことです。

エジプト王は、死後の復活を信じ、巨大なピラミッドの中に丁重に納められていました。

それは単なるお墓ではなく、

「来世で生き続けるための準備」

でした。

国家の財力と技術を結集した、一大プロジェクトとしてのピラミッド。

そこには、

「人は死んでも終わりではない」

という強い信仰が込められていたのだと思います。

🌱 命をどう生きるか

家族のケガや入院、身近な人の体調不良。
そして聖書のメッセージ。

これらが重なって、あらためて思いました。

私たちは、いつまでも元気でいられるわけではない。
体も心も、思った以上に弱い存在です。

だからこそ、

  • 今日を大切に生きること
  • 周りの人を思いやること
  • 自分の体をいたわること

が、本当に大切なのだと感じます。

「生ける者の神」という言葉は、
単なる死後の話ではなく、

「今をどう生きるか」

を問いかけているようにも思えました。

この冬も、無理せず、感謝しながら、一日一日を大切に過ごしていきたいと思います。

2026年、新年の教会に飾られた花
新年を迎えた教会の花が、ひときわ美しく感じられました。
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